Independent views of a memories were photographed and combined

     「快晴」
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     「薄明」
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     「うろこ雲」
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     「指で触れる花火」
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     「湖畔の夜明け」
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     「椅子」
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     「ゴー ストレイト」
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     「夏の風景」
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     「粉雪」
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# by ecrits | 2012-04-23 22:31 | 身辺のこと

Independent views of a memories were photographed and combined

     「幻燈の記憶」
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     「ハチドリ」
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     「油絵の風景」
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     「落花」
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     「うねる」
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     「産婦人科」
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     「ヒカリ」
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     「いつか来た場所」
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     「挨拶」
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     「打ち合わせ」
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     「私はもういない」
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     「私はもういない2」
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# by ecrits | 2012-04-23 22:22 | 身辺のこと

ミヤギケン

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 宮城県の東松島市に来ています。
 震災ボランティアの活動をしています。今日で、二日目。
 主に瓦礫の撤去や、泥掻きの作業に従事しています。
 海から大分遠いのに潮の臭いが鼻につきます。

 学生時代にも茨城以北は来たことがありませんでした。
 なので、東北地方は初めてです。
 とても、寒い。
 瀬戸内海と違って、風自体が冷たいと感じます。


 当初「ミヤギケン」という場所がはじめからこうだったのか、と錯覚しました。
 一種の造成地の感じです。
 今からここに空港や非常に大きな商業施設をつくるかのような感じです。
 地面から目をそらすと、斜めに家屋が建って?いるので、そうではないと気づきます。


 キャンプで、少女に出会いました。
 美しい少女です。
 彼女の美しさもまた、一瞬です。


 立っているだけで、ぐいぐいと海に引き込まれていくような気がする。
 親和力、というか、「震災」が決して暴力的なものではないことがわかってくる。
 
 
 我々は「震災以後」をにいかにとらえるべきなのか?
 海と引っ張り合いっこをする。


 火曜日に、松山に帰ります。   黒川寛之






 
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# by ecrits | 2011-06-18 16:06 | 身辺のこと

Message in a Bottle

 手紙の誤配、という現象を最近聞かなくなった。
 住所を変更していても、とりあえずは名前さえ書いてあれば、郵便局は届けてくれる。

 私が大学生になったばかりの頃(97年当時)、私は携帯電話も持っていなかったし、ネット環境も今日ほど充分ではなかったため、何かあったとしても、友人も親も先生も、誰も私に連絡を取ることができなかった。今考えるととんでもないことのような気もするが、たかだか15年ほどの間に我々を取り巻く「メッセージ」のありようは、全く変化してしまった。冷静に自身の時間軸を紐解いていくと、まずこの単純な事実に驚かざるを得ない。
 mixiやFacebookに代表されるコミュニケーションツールは、ほぼ24時間、我々の安否を管理してくれている。手紙は即時先方に届けられ、返信を待つ、といった具合に。数日間ログインがなければ、何かあったか、と仲間は心配してくれる。先の震災でも、SNSは多大な貢献をもたらしたのだそうだ。

 ここにおいて、ふと思う。
 ひとつ、イタズラをしてみよう。
 そもそもブログは不特定多数の人間が閲覧できる、謂わば「晒された手紙」のはずだ。
 私は、このブログの最後に手紙を流そう。瓶に詰められた手紙を。
 この手紙はゆらゆらと記号の波間を漂い、やがて誰かのもとにたどり着くだろう。
 宛先には、たどり着かないかもしれない。でも、それでいいのだ。
 このブログがきっかけで、この手紙を手にした誰かが、「これは俺への手紙だ」と感じれば、その人こそ本当の私の差出人かもしれない。
 「手紙」とは、常にそのような誤配可能性を秘めたものであることを忘れるべきではない。
 願わくば、見知らぬあなたも、手紙を読まれますよう。





   黒瀬 様

 あなたは、おそらくもっとも古くからの私を知る一人でしょう。
 そうして、私のあらゆる面における人間的な様相を、限りなく的確に掴んでいる一人でしょう。
 私は、一生のうちで、あなたに一番迷惑をかけたと思っています。
 あなたには感謝の言葉しか出てきません。
 恋人として。母として。
 信じているものを、追いなさい。今のあなたには翼があるはずです。

 また、小学校で会いましょう。
 トランプの図柄に、願いを込めて。
 数十年の時を超えて、あなたは、知るでしょう。
 いつまでも、応援しています。誰よりも。



   三ツ田 様 (あえてこの名前で)

 あなたは、いうまでもなく私の姉です(笑)。
 私もまた、あなたの忠実な弟であったことでしょう。
 あなたに愛情を感じていなかった、といえば嘘になります。
 あの日見た台場の風景は、今もなお色褪せることなくこの胸の内にあります。
 しっかりもののあなたは、しっかりものの母であり、私の心の原風景です。


   近藤 様

 今になってもあなたの顔が思い出されるのは、いったい何故でしょう?(笑)
 全く種類の違うタイプのあなたと私が、今日に至るまで友人としてありえたことに驚いています。
 性格も、考え方も、生き方も、全く違う道のりでしたね。
 しかし、だからなお、私はあなたを大切に思っています。
 あなたは立派な人間です。
 私と親交を保ってくれて、ありがとう。


   白方 様 (あえてこの名前で)

 あなたは、私の芸術的気質を理解していた、一番古くからの友人です。
 あなたも、今となっては母親になりました。
 あのとき、あなたが見ていた光芒は、ポストモダンと呼ばれた時間を越えて、確かに今日の文化的モードの地盤であり続けています。
 私たちは、保守派であったのかもしれない、とふと思うことがあります。
 あの時代の最良の理解者は、あなたでした。ありがとう。


   澤田 様

 あなたは、おそらく「悪友」という言葉を当てはめるのにあまりあるくらいの友人です。
 あなたと遊んでいたことで、私は間違いなく道を踏み外しました(笑)。
 しかし、あなたに目を覚まさせられたことも確かです。
 音楽、衣服、恋愛…
 田舎の中学生だった私の視界を、より遠いところへ広げてくれたのは、他ならぬあなたです。


   田坂 様

 あなたが早世したことは、私にとって大きな痛手でした。
 優秀でない二人が、もう少し長くつるんでいられる時間があったならば、あなたと私は生涯の友人になっていたことでしょう。
 今は、あなたのくったくのない笑顔、その横顔しか浮かんできません。
 少ない時間だったけれども、楽しかったです。


   野中 様

 あなたは、思春期の私を知る、大きな存在です。
 お互いに若かった、ですね。譲り合えませんでした。ごめんなさい。
 あなたといっしょにビショビショの布団を取り入れたり、木村拓哉の結婚のニュースを知ったりしました。いやぁ…何年前になるのでしょうね?
 あなたの内面は保守ですが、誠実な人です。
 私は裏切られたとは思っていませんよ。感謝。


   井上 先生 (あえてこの名前で)

 あなたは、一個の天才です。
 古今未曾有、でしょう。そのことは私が保証します。
 私のような不肖の弟子がいたことで、あなたはさぞ迷惑されたことでしょう。
 結果的に実に中途半端な形で、私はあなたの下を去りました。
 本当に申し訳ありません。
 観音崎にたたずむあなたの愁いを帯びた表情を、私は忘れません。
 あなたは母であり、手の届かないものでした。
 石田彰さんとあなたは、空前絶後の天才です。


   小峯 様

 柏という街で、右も左も分からなかった私を、段ボールに捨てられた子猫のごとく、とり上げて下さったのは、あなたです。
 今思い返しても、楽しいことしか、笑った顔しか浮かんできません。
 日常生活において心が弱ったとき、もし、許されるのならば、あの時間に帰りたい、と思います。
 今でも、思います。
 そのくらい、楽しかった。嬉しかった。
 憎まれ口、叩かれても、小峯さんでいてください。
 お世話になりました。


   山上 様

 ペコちゃんのような顔をして、ボンテッドのバーボンを飲むあなたを、私は好きでした。
 人一倍気が強く、つっけんどんなあなたは、実は弱く、誠実な女性でした。
 左手の薬指にされていた、羽根のついたリングを、私は覚えています。
 カンパリのロックも、覚えています。
 あなたの真似ばかりしていました(笑)。
 幸せになってください。


   堀 様

 いや、今この期に及んで、憎い(笑)。
 好きなタイプの人間じゃなかったなあ、と思います。
 おそらくあなたも、そうでしょうね。
 あなたは、私の同世代を代表する、一人です。
 あなたの才覚で、私は背中を押されました。
 どんどん活躍して下さい。並走するみんなの、力になります。


   堂本 様

 TVタレントを馬鹿にしていた私の価値観を、あなたは軽く、打ち破りました。
 こんなにも人間味ある「商品」が流通する世界は、あなたにとってさぞ泳ぎにくかったでしょう。
 歌舞伎町の蕎麦屋、忘れてませんよ(笑)
 名字を出すのさえ憚られる方々でいっぱいでした。
 「羊の会」は私の心のホームタウンです。


   篠原 様

 一人の少女が大人になっていくにしたがって、たくさんのものを吸収し、消化して、昇華されていく過程において、あなたが辿った道のりは、全く平たんではなかったのかもしれません。
 現に私は、あなたの笑顔よりも、真剣な眼差しで考え込む横顔の印象が、強い。
 いまは、あのころよりも幾分かリラックスして仕事をしていると思います。
 あなたの才能は、希有なものです。
 あなたは美しく、生きて下さい。


   柄谷 様

 大変お世話になりました。
 偉大な知性が、むくむくと膨れ上がって、「対抗ガン」のように現状に食らいついていくところを間近で拝見できて、幸せでした。
 私は、あなたのような人と同世代に生きられたことを、誇りに思います。
 色々と教えていただきました。ありがとうございます。


   小林 様

 まず、何よりも、松山まで引っ張ってきて、すみませんでした(笑)
 「いいのよ、昔のことだから」と言っているでしょう。知っています。
 あなたは何よりも、努力の人でした。そうして、我慢の人でした。
 緊張の糸が切れたように、まったくバラバラになってしまったことを、いまでも悔やんでいます。
 私は、何も、頑張らなかったですね。
 反省しています。
 もう今では、昔のことなどサッパリ忘れて、新しい日常を歩んでいることでしょう。
 私は、いつの日でも、あなたを応援するものの一人です。
 ありがとう、そして、さようなら。


   村田 様

 ここに自分の名前があることを、あなたは驚かれたかもしれません。
 その理由は、松山に帰ってきてみて、あの店が唯一私の安らげる場所だったからです。
 あの店がなければ、もっと早い段階で私は松山を放り投げていたことでしょう。
 20年30年、と続けて下さい。
 全国レヴェルで勝負できる、松山で唯一のお店です。


   宮内 様

 あなたは、私が帰ってきてから知り合った、東京の友人です。
 と、いっても所詮は松山出身の田舎モノです。
 私はあなたの人間に惹かれました。珍しいことです。
 結局のところ、或る人を応援したくなるかどうかは、その人間を好きかどうかです。
 お調子乗りで、よく笑い、自信過剰なあなたは、私の映し身のようでした。
 知っています。あなたの苦しみも。
 あなたは人を明るくさせる。応援しています。
 和泉さん、黒沢さん、渡辺さんにもお元気で、とお伝えください。


   平倉 様

 あなたは、私よりひとつだけ年長の友人です。
 はじめは、見ず知らずの私のようなものに気をかけてくれて、ありがとう。
 で、例によって私は、少しづつ横着になっていきました(笑)。
 同世代に、あなたのような偉大な才能があったおかげで、ずいぶんと励まされました。
 夢の中で見る文字が読めないのは、何でだろうね?
 いまだに、不思議です。
 ご家族も、どうか健康で。
 浅田さんとのゴダールの対談、聞きたかったな。


   大江 様

 あなたは、最晩年の私を、人として誰より知る人物でしょう。
 私は、あなたに対して安心しきっていたところがあります。嘘ではありません。
 あなたとだったら、ひょっとして別な生き方もできていたかもしれません。
 私の最も信頼する、最も近しい人物。それがあなたです。
 パンダの面倒を、よろしく頼みました。
 ありがとう。


   藤田 様

 一番初めに思ったのは、あなたの写真を撮りたいということです。
 うつむき加減の表情が、あなたは掛け値なしに美しかった。
 撮っておけばよかったと、悔やんでいます。
 美しさは、美しさのまま、捧げ持って生きて下さい。
 もう少し大人になったら、また会いましょう。


   加藤 様

 手紙にお返事を書きたかったのですが、できませんでした。
 許して下さい。
 やはりあなたとも、生き方は大きく違っていましたが、それでもあなたは大切な友人でした。
 あなたが会社に蒔いていった種は、必ず芽を出すことでしょう。
 私はそれを信じています。
 素敵な人を、お見つけなさい。ありがとう。


   黒川梓 様

 最後に。
 不甲斐ないお父さんで、ごめんなさい。
 あなたのことを、誰よりも、一番に愛していたのなら、もっと違う道を選ぶべきでした。
 あなたは、私の、大切な子供です。
 いつの日も、それは変わりません。
 愛しています。
 ごめんなさい、ごめんなさい、
 願わくば、顔を、一目でよいから、見たかった。
 ありがとう。


   このブログをご覧になっている、すべての皆さんへ

 「ロンサール、モーツァルト、ウッチェロ、サン=ジュスト、ラディゲ、星になったわが友らよ、私はあなたたちとまた一緒になりたい」
 Je reste avec vous.  「私はあなたがたと一緒にいます。」- ジャン・コクトー

 ありがとうございました。  黒川寛之
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# by ecrits | 2011-06-03 22:49 | 身辺のこと

Annameable

     黒川梓   もう名乗られることのない名前…Glass


 全ては技巧の問題だという。だが、果たして本当にそうだろうか。
 たとえば、ある女性が、暮れの迫った夕闇の中で、公衆電話から電話を掛けているとする。電話の相手は男性らしい。二人は恋愛関係にあって、そのときは何か取り留めのない話しをしている。
 ふと、彼女は肌に夜の風を感じて思わず身震いする。「冷たい…」と、言う。
 この言葉はほとんど身体上の反射である。しかしながら、「冷たい」と思わず口にしたとき、彼女は「冷たい」のが身体の条件なのか、彼の応対なのか、二人の関係の間の距離のことなのかを咄嗟に自身で判断ができない。
 受話器の向こう側にいる男性は「どうしたの? 大丈夫?」という。
 彼は畢竟彼女の身体が大丈夫かどうかを心配しているのだ。
 彼女は「大丈夫かどうか?」という質問に対して、ついには何も答えられなくなってしまう。大丈夫なのは身体であるのか、自分の心であるのか、また自分はそれに対して何と答えればよいのか。大丈夫なのか、あるいは大丈夫ではないのか。自分の感情はどうなのか。
 彼女は自分が嘘を言っているかのように錯覚し、軽い眩暈を覚える…

 我々が何らかの過失をはたらくとき、厳密な意味でそれを完全に贖罪することはできない。なぜなら、過失自体がすでに過去のものであるからだ。我々はそのことのために、常に事後的である他はない。神への懺悔はこのことを補填する。
我々が「責任」と呼び、「主体」と呼ぶものも、結局はそのように過去から塗り込められた情報に拠っている。我々はこのことを一体どのように理解すべきだろうか。

ウィトゲンシュタインは「私は信仰を受け容れるために、理論の場所を除かねばならなかった」と言った。
彼が「信仰」と呼んでいたものは、宗教的な倫理に基づくものだということを理解しなくては、この言葉は理解できない。

 生者が死者の口を借りて歴史を語ることは危険だという。それは死者を利用していることに他ならないからだ。死者は何も語りはしない。この世にあるのは生者の言説だけだから。
 私はこの世に発声されることのなかった死者の言葉をいくつか知っている。発生し得なかった無念さも知っている。
 断っておくが、私は死者のために喋るのではない。私は私のために喋るのだ。
 死者の言葉を弄する人たちは、大同小異といい、生者の幸福のため、という。しかし、それは都合のいい嘘だ。
私は発されることのなかった声のために小異にこだわりたい。私は一生そこに拘泥し続けるだろう。私をニヒリストと称するものは、倫理を理解していない阿呆だ。

私は全ての命は守られなければいけないと信ずる。
我々は現存する生命に対して、否定するあらゆる権限もなければ、肯定する何の権限も有していない。「我々は生命から逃れられない」
かつて中野重治は、小説家は自分の作品が後世に残るようなことを考えるべきではなく、彼の作品なぞなくても平和に暮らせるような世の中が来るようにこそ努めるべきである、と言った。この言葉はいま私をいっそうの無力感に苛ませる。
私の運動は運動などなくても平和に暮らせるような世の中にするためにこそ行われたのではなかったか? 私は一体何人の命を救えたというのか? 私は憂鬱にならざるを得ない。おそらくこの憂鬱は、かつて幾人もの運動する者を心療内科に通わせたに違いない。

私は、私の心の慰みのために、と死者の口腔を借りて巧妙な出鱈目を並べる人々を知っている。彼らは親切かもしれない。しかし、それは最も倫理とは離れた場所にあるのだ。

私が倫理を口にするとき、そこには様々の不純物が-暴力が、偏見が、傲慢が-混じり合う。私はそのことを知っている。おそらく、そこは決して避けては通れない道なのだろう。だから、慎重に、それを渡っていくのだ。その繊細さは言論を弄する人間のマナーである。「マナー」とは、戒律という意味だ。

子殺しの寓話に100年の孤独を感じている暇は今の私にはない。
必要なのはもっと具体的な言葉で語り、彼を守ることではないのか。
「過ぎた」ことなどありはしない。「過ぎた」と思う人は一生石地蔵を背負っている。


     黒川梓   もう名乗られることのない名前…Glass
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# by ecrits | 2008-03-03 18:27 | 思想

再開広告

 皆さん御無沙汰をしておりました。
 このブログの執筆人でありますecritsでございます。
 2006年の急な中断の折にはたくさんの方々に多大なご迷惑をおかけいたしました。
 大変申し訳ございませんでした。重ねてお詫び申し上げます。

 病は相変わらずよくありません。むしろ、悪い。
 身辺の状況は2年前とほとんど変わっていないに等しい。
 しかし、私には書く理由が出来ました。それはいたって私的な理由です。ですから、ここでお話しするようなことではありません。
 「書く」ことをまた始めて見ようと思います。
 私にとって「書く」ことは、ことばへ抵抗することです。

 この一年と少しばかりの間、私が考えていたことは、平板に言えば「責任」の問題です。
 それから、その延長線上にある「倫理」の問題です。
 主体と責任。そして、倫理。
 人はいかにして何ものかに“責任を負う”ことができるのか?
 また、それが可能とするならば、それはいったいどのような形でか?
 それが今の私の主要な思考です。

 昔、加藤尚武が生命倫理の方向へシフトしていったとき、私は彼をダメだと思いました。
 しかし、今考えてみれば、それは必然性に裏打ちされていたものだったかもしれません。
 そういうことが私にもようやく分かるようになった。
 これは、あるいは極めて一般論に過ぎることかもしれませんが。

 私は大きな生命を失いました。
 今度は私が彼のことを考える番です。
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# by ecrits | 2008-02-12 06:49 | そのほかのこと

このブログの一時閉鎖について

 かなり長い間、このブログは更新されていません。
 それは管理人であります私の責任です。
 この数ヶ月の間、私には色々のことが起こりました。
 病気が悪くなったこと、自分の子供が生きて産まれなかったこと、会社を退職すること、色々です。
 さしあたって私にはこのブログを存続させていくだけの力が残っておりません。
 ですので、このブログは一時中断させていただきます。
 再開の見込みはありません。
 何かの折にふっと始めるかもしれません。しかし、それは未だ分かりません。

 皆様には大変ご迷惑をおかけいたします。
 申し訳ございません。

 なお、『ヒロシマの藤田嗣治(Leonard Foujita)』は、タイトルを『従軍画家にとって戦争(責任)とは何だったか』と改め、「ECRITS」臨時増刊号に掲載予定です。
 『私の夢十夜』の続編については、発表場所が決まり次第、随時お知らせいたします。


 一部の皆様にはお断りもせず、急な決断であったこと、重ねてお詫び申し上げます。
 また、このブログで皆様にお会いしたいと思っています。
 私のような者の始めましたブログに、今まで多大なご支援を頂きましたこと、感謝の言葉もありません。
 いままで、本当にありがとうございました。

          2006年11月9日   管理人
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# by ecrits | 2007-05-05 09:32 | そのほかのこと

芸術における異次元 ~マルセル・デュシャン『大ガラス』を中心に~ (ⅹⅳ)


  第3章『大ガラス』以後

 ダダイスムに若干のタイムラグを伴って現れた芸術運動、シュルレアリスムの次元概念の受容は、『大ガラス』以前の、神秘的色彩を帯びたものに近い。そもそも多くの批評家によって指摘されている点ではあるが、シュルレアリスムは、その表面上の前衛的な印象とは異なり、基本的にはロマン主義の末裔である。例えば、文学におけるオートマティズム(自動筆記)や、絵画におけるデカマルコニーやフロッタージュにしても、主体的な介入を極力排除するという表現方法の違いであり、結局は劇的な効果を狙ったものに過ぎないのである。つまり、作品の美的判断自体は、旧来の芸術と何ら変わりがないのである。
 シュルレアリスムの創始者であるアンドレ・ブルトンは次のように書いている。

 生と死、現実と幻想、過去と未来、伝達可能なものと不可能なもの、肯定が矛盾として知覚されなくなるような、ある一つの精神の点が存在することを信じるべきだと、全てが示唆するようである。

 「精神の点」という表現からもわかるように、ブルトンもまた還元主義の性格を持つ一元論を主張している。したがって、これはキュビスムの次元把握と大差はない。ただキュビスムと異なる点として、キュビスムの次元把握が「知覚しえないものの知覚」、つまり三次元的な認識を越えた、外部の空間に向けられていたのに対して、シュルレアリスムにおける異次元が、無意識、つまり自己の隠された内面への思考であることが指摘されよう。シュルレアリストは、主にフロイトの精神分析を援用し、無意識の解放を主張したのである。ただし、実際には彼らはフロイトの理論を誤読していた。たとえば、フロイトはダリとの会談で「古典的な絵画の中に、私は無意識を探している。そしてシュルレアリスムの中に意識を探している」と語ったという。また、ラカンは一時期シュルレアリスムの運動に理解を示していたものの、やはりその後は袂を分かっている。特に、ラカンの有名なテーゼである「無意識は言語のように構造化されている」が、文法などの一連の言語規則を破壊しようとしたシュルレアリスムと相容れないのは当然の帰結でもあった。
 また、シュルレアリスムは夢に特権的な対象としての地位を与えている。しかし、彼らの言う無意識とは、言表行為や夢の内容の解読を経て発見されるものである。しかし、これは端的に誤りである。確かに無意識は性的なものであるのだが、それが現れているのは夢の内容ではなく、夢の作業(置き換え、圧縮)においてなのである。つまりシュルレアリスムは、夢の内容(これを一般に潜在思考と呼ぶ)と、その書き換え作業(無意識)とを履き違えているのである。
 ならば、シュルレアリスムの作品における性的なテーマは、無意識に対するイメージによる産物であり、それはいたって主体的な選択によるものである。よって、シュルレアリスムでの無意識と理性(意識)の二元論は、それが意図的に企図されたものである以上、無意識の理性化として一元化されるだろう。そして、通常は認識不可能であるが故に理性(意識)へのアンチテーゼとして存在しえた無意識を、主体的な認識によって補足するという行為は、「知覚しえないものの知覚」を試みたキュビスムと同様、神秘主義との近接性を自ら証明していることになるのである。   (完)
                                 2006/7/4


 ※本論考『芸術における異次元』は、筆者自身によって過去に著されたいくつかの論文の内容を、修整・編纂し、新たに書き下ろされた内容を盛り込んだ体裁のものであることをお断り申し上げます。
 関連論文:『マルセル・デュシャンの方法』 (「ECRITS」創刊号 98年)
        『近代絵画と言語』 (「青い花」第三号 98年)
        『シュルレアリスムとはなにか』 (「二松ちゃんねる」 00年)



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     ↑左よりアンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール、ツァラ、バンジャマン・ペレ
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# by ecrits | 2007-05-05 09:30 | 論考

光の庭園

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 ※更新が滞っており、一部の皆様には大変ご迷惑をお掛けしております。
 近日中に“ヒロシマの藤田嗣治(Leonard Foujita)”をup予定です。   えくり
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# by ecrits | 2006-08-22 04:02 | そのほかのこと

格差社会

 NHKスペシャル『急増“働く貧困層”』を見る。
 生活保護水準以下の所得で生活する家庭は、日本の全世帯の十分の一にのぼるというデータが紹介されていた。所謂ワーキングプアの問題が大きくクローズアップされている。

 セーフティネットが機能しなくなるような現状は、雇用や保健の問題を筆頭にこれからもどんどん悪化していくだろうと思う。もちろんそれを政府の失策と非難することは出来ようが、全てを先送りにしてきた今のこの国に(今日ほど国力が低下していることは予想できなかったにせよ)もはや回復の見込みは無いと思う。

 もう一点。
 ポストモダンと言われた時代がやってきたときに、このような現状は容易に想像できたはずだ。
 私は、政治的には共和制を、文化的には貴族主義を支持する。これは、アイロニーではない。
 主体として考えることを放棄してしまった国民にも、その責任はある。
 我々はそろそろ自分の尻は自分で拭くことを学習しなくてはならない。
 現実に今日の現状で最も被害を被っているのは、高齢者(年金生活者)や病気を理由に労働が困難な社会的弱者なのだから。
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# by ecrits | 2006-07-24 04:20 | 身辺のこと