私の『夢十夜』 ~第三夜~

 こんな夢を見た。

 午後の穏やかな陽の只中に、私は誰かと話をしている。腰掛けたロッキーチェアの材質はメープルらしい。硬質な質感だが、私の猫背に沿うように緩やかに湾曲した背もたれが、落ち着いた会話をするのに丁度良い緊張感を感じる。目の前に、足を組んで、私の斜向かいに腰掛けている人物がいる。私は彼を知らない。しかしながら、会話は面白いように次から次へと流れてゆく。彼は外見から察するに、30代の欧米人だ。会話を切り出すときに、顎の無精髭を指でさする癖がある。私は、彼が誰だったか知っているような気がした。また、知らないまま話を続けるのが甚だ失礼な気もした。ただ、20歳の時にはじめて神経症を患って以来、私は自分の記憶が信用ならないものであることを知っていたから、無理に思い出そうともせず、彼とこの心地良い時間をいつまでも過ごそうと心に決めた。
 よく見ると、周囲は庭である。彼の後ろには、小径が続いている。
 いや、ここは屋外ではない。図書館だ。何度か来たことがある図書館の二階のテラスだ。ただ、わたしはこの図書館に二階があることも、ましてや、こんなに広大なテラスがあることも今、知った。と、すれば、かれの背の小径はどこに続いているのだろう。また、私の後ろにも同じように路は続いているのだろうか…。ただ、彼と話をしながら後ろを振り返ることが私にはとても恐ろしいことに思えたので、私はその欲望を思い留めた。
 私は彼に夏目漱石の講釈をたれていた。近代批判者としての漱石は理論家であることを望んだ。しかし、彼は小説しか書かなかった。それは、敗北の姿だ。漱石は「国民作家」であろうとしたのではない。その種の「国民」は、事後的に(太平洋戦争後に)捏造された、“近代にいやおうなく飲み込まれた悲劇的な国民の姿”だ。むしろ、その「国民」性を否定する思想こそ、漱石が意志していたものだった…。彼は私の話を興味深そうに聞いていた。やがて、言語(日本語)の硬直性に話が及んだ。私は沖縄の方言を例にとり、様々なコードが入り乱れ、卑俗入り乱れた「話し言葉」の豊穣さを褒めた。すると、「つまりは、“言葉をもって音を断ち切れ”だね」と、彼はポツリとこぼした。私は何もかも了解してしまった。彼はグレン・グールドという名前のカナダ人のピアニストだった。私は、自分の敬愛するピアニストの顔を覚えていなかったことを恥ずかしく思った。

 陽は、もう落ちかけていた。彼は私がそんなことを思ったのと同時に席を立った。じゃあ、失礼! 彼はこう言ったきり、夕霧の立ち込める小径に姿を隠してしまった。私は、「お隠れになる」という言葉の意味を体感したような気がした。

 テラスから館内に戻ると、図書館は思った以上に薄暗かった。私は二階のスロープを滑り降りるように駆け抜け、フロントのロビーへ向かった。「貸し出し インフォメーション」とパネルが貼ってある席には誰もいなかった。ただ、パイプ椅子が一脚、異様なほどに青白く光っている。私はそれに不吉なものを感じた。一刻も早くこの場所を去らなければならない…しかし、図書館の自動ドアの前の床には、おびただしい数の私の顔写真がバラ撒かれていた。わたしは躊躇することなくそれらを踏みしめて行った。誰彼の区別なく私を踏みつけて行けば良い。そう、ぼんやり…思った。

 どこをどう歩いたのか。見覚えのある図書館だと思ったのは、ここが柏だったかららしい。あれは、大学の図書館だった。私は、救われた心持がして、とりあえずは、よく知ったサンサン通りまで歩いた。駅前には老舗喫茶店の「ANNA BELL´S」がある。私は漠然と、ああ、あの頃にいるんだな…と思った。風は思ったよりも肌寒く、身を切るような勢いがある。
 「Nardis」は昔のように細い階段を上った二階にあった。移転する前だな、と思った。
 小峰さんは酔っている。ライブがあるらしいが、だれが演奏するのか分からない。セッティングは着実に進められている。わたしはカウンターに座った。最後にこの場所にあった店で飲んだ7年前を思い返していた。私は久しぶりに会った小峰さんに、この7年間のことを話したいと思った。しかし、過去の人間に未来のことを話すのは、どうも馬鹿げているような気がして、やめてしまった。
 トイレに立って帰ってくると、もう店内は満席だった。知っている顔がそこかしこに見える。私は末席に腰掛けてライブが始まるのをじっと待っていた。すると、入り口のドアが開いて、私の知った友人が入ってきた。彼女は唯一空いていた私の隣席に座り、待った?と聞いた。言われてみれば待ち合わせをしたような気もしたから、さほど待ってない、と怪訝に返事をした。松山以外で会ったことのない彼女がこの場所に来ることは、私を不安な気持ちにさせた。同時に、何か申し訳ないような気もした。
 彼女は当時7歳の私に「ジーンズが似合わない」と言ったことで、以来10年以上私にジーンズをはけなくさせていた。幼い私の心を傷つけた、と会うたびに笑い話にする私に、彼女は本当にすまなそうな顔をする。私は、彼女を大事にしなければならない…と思った。
 カウンターの向こう側に目をやると、私と反対側の末席に当時の私が座っていた。そうして、私の見たことのない、胸の豊かな女性を口説いている。私はいたたまれない気がした。さらに、友人がいるのにバツが悪いような気がした。

 私は、餓鬼だった自分の酔いに任せた必死の格好にいてもたってもいられなくなり、席を立った。そして、当時私が住んでいた学生寮に“一足先に”帰ることにした。月が綺麗に出ていた。私の部屋には誰が貼ったのか、蚊帳が吊るしてあった。私は布団を引き、引っ越したときに捨ててしまった本の何冊かを読むことにした。眠くなるまで枕もとの本を読み、そうして、いつか、眠りについてしまった…。
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by ecrits | 2005-10-07 06:14 | 創作一般
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