戦いの記録

 来る11月3日、香川県直島町「ベネッセアートサイト直島」にて、とあるシンポジウムが開催される。「思想と(しての)運動」と題されたそのシンポジウムは、私が1998年二松学舎大学の小さな私設サークルとして産み落とした私生児である「思想工房ECRITS」の満7歳の誕生日と、機関紙『ECRITS』臨時増刊号の第10号を記念して執り行われる。内容は、現在でも連綿と世代を交代して活動している「思想工房ECRITS」の歴史を総括し、学生と思想(批評)、ひいては運動全般との関わりについて再検討する、というものだ。出席者は私(黒川)と、第二期代表を務めた安倍克昭氏、それから現代表を務められている李植愛氏の3名を軸として、聞き手に会員の冷泉俊洋君、佐藤博臣君の2名を加えた5名が予定されている。
 思えば7年前、私がまだ学生だった時分、学生が公に発言できる場所は本当に少なかった。巨大な政治団体に所属したり、或いは洗練されたアカデミズムの一隅に身を置く、ほんの限られた人間だけがその資格を有していた。また、それ以前に学生の知的レヴェルの凋落は目を覆わんばかりのものだった。100人200人に1人とかいった具合に面白いことを考えていたり、目を引くパフォーマンスをしている人間はあっても、学生同士は互いにそれを知らず、また、知っていても関心を示そうとはせず、ただひたすらサブカル研究と称する小さな記号に埋没する自己満足的な自閉化の症状を顕していた。断言してもいいが、知的でなく、縦横の広がりを持てないものは、文化とは呼ばない。そもそも、学生にその受け皿が無いようでは、文化の昇華が望めるはずもない。私に「思想工房ECRITS」を創らせたのは、何よりも先にその強い危機感だった。
 
 「思想工房ECRITS」は運動してきた。ここで言う「運動」とは単純な運営の意味ではない。それは、発言・出版・活動の全てを含んでいる。勿論その中には、今考えると明らかな過ちであったものや軽率であったものが少なくない。ただ、我々はそんなことに構ってはいられない。人生の中でたかだか4年間しかない時間である。20歳そこそこで過ちを恐れていちいち躊躇しているようでは、単純につまらない。知的であることとは慎重であることではない。常に批判的な理知の運動を吟味し、実践することなのだ。そのことを本質的に勘違いしている人間は、まだスタートラインにすら立っていない。
 もう一つ。「思想工房ECRITS」は、今まで一度も特定の思想団体・政治団体であろうとしたことはない。むしろそれは、多様な「思想」や「民族」「宗教」などで構成された、非常に雑多な集団だ。そこに一つの意思は無く、したがって「思想工房ECRITS」という団体名で行われた運動は何一つ無い。何か一つの行動を起こせば、すぐさまその中で批判され、抗議されるというtrance-logicな集団こそ、「思想工房ECRITS」なのだ。だからこそ、様々な可能性を孕みながら現在まで存続し得ている。繰り返すが、「思想工房ECRITS」は単なるガキの左翼集団ではない。「知の横断線」であり続けることと、徹底した非暴力主義以外、私は何を定めたつもりも無い。

 11月3日は私の中で特別な日となることだろう。そのシンポジウムの中身も、一部、このブログで紹介できればと思っている。
 ただ、この7年間の戦いの歴史を物語として語ることは絶対に避けなければならない。これは、物語ではない。記録なのだ。そこには一切の「神話作用」(バルト)は存在しない。私が常に現世的な欲望と裏腹に活動したことも、佐々木良太や宝槻絵里子を第一期メンバーに加入させたことも、ライジングプロ(当時)とのゴタゴタも…それらは一切の脚色が無い純粋な「戦いの記録」であることを忘れてはならない。お門違いな熱情でこれらの過去を語りあげることほど我々の目指した唯物的闘争から遠いものは無いのだから。
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by ecrits | 2005-10-14 04:18 | そのほかのこと
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