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芸術における異次元 ~マルセル・デュシャン『大ガラス』を中心に~ (ⅹⅱ)

 ここまでの文章によって、一連の『大ガラス』の解読は一応の区切りがついた。よって、ここから先は、今までの主張の整合性の証明を、その根拠を、『大ガラス』の図像や『グリーンボックス(GB)』に求めることによって確認するものである。まず、『照明用ガス』の運動に沿って、解釈を施すことにする。

 “「九つの雄の鋳型」の(中略)ガスは、(中略)頭頂部につながっている毛細管を通り抜けている間に、硬い針のような固体に変わる”   (GB:以下“”内は同様)
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 注目すべきは、ガスが固体に変質することである。一種、希薄な印象を与えるガスから、極めて物質的な固体へと変化するのである。これは、独身者機械が自らを三次元連続体と偽る行為と解釈できる。

 “固体化したガスは(中略)管の出口で解放され、空気よりも軽い切片の霧のような状態に変わり、上昇しようとする(後略)”
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 しかし、固体への擬態-言い換えれば、三次元の物体への変化-は失敗に終わる。私たちの考察によれば、この原因は遠近法にあると思われる。そのため、次に独身者機械が目論むのは、もともとの姿である三次元の連続体の「花嫁」とではなく、二次元の連続体として切断された、部分としての「花嫁」との合体である。したがって、ガスは、本来の二次元物体の姿に戻る(「空気よりも軽い切片」)のである。

 “(前略)漏斗に捉えられてしまう。(中略)七つの漏斗を通り抜けている間に、ガスは方向感覚を喪失し、それとともに状態を変える”
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 先に示した通り、七つある漏斗は、右のものほど茶色に変色している。そして不透明になったガラスが、独身者機械を二次元に固定する役割りを果たすことにより、ガスは二次元の物体への変化を完了する。それにともなって三次元の「高さ」の概念が喪失するわけである(「方向感覚を喪失し」)。

 “(前略)ガスは、なおも上昇しようとし、今度は眼科医の表を通り抜ける間に、眩暈を起こす。そして鏡の反射によって(中略)花嫁の領域に達する”
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 『GB』においては「花嫁」への接近を果たすが、「照明用ガス」を「花嫁」の領域まで打ち上げる機構であるはずの「ボクシングの試合」が、『大ガラス』では製作されないままで終わる。私たちの考察では、この未完成の結果は、デュシャンの意図的なものであると思われる。と、いうのも、「花嫁」と独身者機械は、帰属している次元が決定的に異なっており、そのため、視覚的なメカニズムによる発射(「眼科医」「鏡の反射によって」)の失敗は、必然的であるからである-二次元の存在者が、三次元の連続体の【形状】を確定できないことの視覚的含意に留意されたい-。ガスの起こす眩暈は、その鏡によって同一性を獲得するであろう「花嫁」の全体像-独身者機械は決して見ることのできない-を想像したときの、独身者機械の動揺の結果であると解釈できる(この意味は後述される)。

 “(前略)九つの射点と呼ばれ、下手な射撃のように、九つの穴がバラバラに散っている”
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 「九つの射点」は「花嫁」の領域に穿たれている。これは、ガラスの面に対して垂直に運動するものの存在が示唆されている。したがって、この射点はガラスの前後に存在している「花嫁」の、三次元的展開を示す根拠となっている。

 “一方、独身者達による裸体化と平行して、花嫁の領域では、「欲望する花嫁が自発的に想像した裸体化」(中略)が起こる。(中略)こうして、花嫁と独身者達の両者の欲望によって、花嫁は裸にされ、開花を遂げるわけだが、それにもかかわらず両者の真の出会いと結合は果たされない。”
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 『大ガラス』においてのキーワードの一つである「裸体」が登場している。裸体とは、二次元の連続体である「照明用ガス」が辛うじて「花嫁」の領域に達した、そのコントラストとして明確になった「花嫁」の、二次元の存在者には認識不可能な三次元の展開部分のことを指している。よって、「花嫁」を裸にすることで、逆説的に「両者の真の出会いと結合は果たされない」のである。その結果として、独身者機械の欲望は出口を失い、「チョコレート摩砕器」を回転させるにとどまる(『GB』には「緩慢な性」「堂々巡り」「オナニズム」等々の記述がある)。
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by ecrits | 2006-03-22 05:17 | 論考

謝罪広告

 自身のホームページを持たない私は、この場をお借りして、皆様にお詫びを申し上げます。
 このブログは前「思想工房ECRITS」の関係者の皆様もご覧になっていることと思います。その方たちに向けて、初代代表者として、一言、お詫びを申し上げたい。

 過ぎる3月4日、思想工房ECRITSの第五期メンバーであり、解散直前まで営業・広報を担当していた、亀山泰州(20)氏が都内で短銃を所持していたとして銃刀法違反で逮捕されました。私は、そのことを4日深夜に電話で報告を受けました。事件については、大変遺憾に思っています。銃の入手経路については本人が警察当局に供述している様子ですが、思想工房ECRITSとしても、捜査に最大限の協力を惜しまないつもりであります。また、亀山の贖罪についても、本人に反省をうながし、今後二度とこのようなことが起こらないように、団体として教唆するつもりです。

 私は亀山と二度、面識があります。
 一度は彼が加入するとき。二度目は昨年行われた直島のシンポジウムのときです。
 私は、個人的に-また、或いは団体として-彼に銃を所持するように直言したことは一度もありません。銃刀法違反は、単純な犯罪であり、許されるものではないと考えております。それだけは、声を大にして申し上げておきたい。
 「思想工房ECRITS」は(関係者の皆様ならご存知でしょうが)徹底した非暴力主義を掲げておりました。これは、私が団体を創設した折に絶対を期した約束の一つです。ですから、運動として暴力行為に出たことは一度としてありません。むしろ、右翼団体の名の下にヤクザに襲撃を受けたときも、その法的処置や事後的なことまで全て含めて警察にお任せいたしました。一部で言われておりました「報復」など決してない。我々は彼らに喧嘩を売るほど阿呆ではありません。そのようなメンツにこだわることこそ下らない。そう、考えておりました。

 ただ、私は皆様にお詫びを申し上げなければいけません。
 これは、個人の犯罪であると同時に、我々の責任でもある。

 私(黒川)は、代表職を務めておりました三年間で、護身のために、改造モデルガンを所持していたことがあります。事実として、そのこと皆に公言していました。当時は未だ法改正の手続きが行われる以前で、モデルガンの改造及び所持は法に抵触するものではありませんでした。
 私は三年間で幾度となく待ち伏せをされての暴行を受けました。犯人は捕まっていません。しかし、私は犯人に心当たりはある。そのたびごとに違う人間です。しかし、証拠はありません。あくまで推測の域を出ない。暴行については、安倍や尾上や冷泉も同じです。仄聞した限りでは、命に関わるような酷い暴行を受けたものまである。わたしは、それらの状況を受けて改造銃を所持していたのです。ただし、“いかなる場合も発砲してはいけない”という条件付きです。私は、それを嘘のない事実として申し上げます。

 私が代表職を退いて後、襲撃を受けたり、暴行事件があったようなことは聞いておりません。ですから、あの悪しき慣習は雲散したものと決め込んでおりました。
 私は、今回の事件とそのことが直接関係のある問題であったかどうかは知りません。また、本人に事実確認をしておりませんので、現在のところ分からない、というのが適当かと思います。ただ、一昨年改造モデルガンについての所持規制が為された折に、もし、個人的に所持しているようなものがあるのならば、それらを完全に破棄するように念をおして指示致しました。今は捜査の状況を見守りながら、本人に事実関係を確認することが急務と思っております。

 今回の事件において「思想工房ECRITS」が何ら関係のないものとは断言できません。
 よって、私には皆様に謝罪する責務がある。それが当然と思っております。
 「思想工房ECRITS」は現時点において解散しており、団体として機能しておりません。
 私は当節の関係者の一人としてこの事件に関わっております。

 この場をお借りして、皆様に多大なご迷惑をお掛けいたしましたことを謹んでお詫び申し上げます。     2006年3月7日 思想工房ECRITS初代代表 黒川寛之
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by ecrits | 2006-03-07 06:00 | そのほかのこと